頑張っても幸せになれない理由

こんにちは。

心理セラピスト満月のりこです。

 

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過去に日本リトリーブサイコセラピー協会の

メールマガジンに掲載された

内容をご紹介いたします。

 

「頑張っても幸せになれない理由」

 

あなたはどのようなことを頑張っていますか?

 

例えば

子どもの頃からの夢を叶えるために頑張っている

試験に合格するために頑張っている

家族が幸せになるように頑張っている

心地よく暮らせるように頑張っている、など。

 

当てはまるものはありましたか?

 

頑張って結果が出ると、

達成感を感じたり幸せを感じたりしますよね。

 

それなのに、頑張っても頑張ってもちっとも満たされない場合、

頑張る目的が「心からこうなりたい」という幸せのためではなく、

「心の不安を埋めるため」が目的になっているのかもしれません。

 

例えば、何かをやろうと思った時、

実はそれが本当にやりたいことではなく、

人から馬鹿にされたり見下されないためにやっている可能性はありませんか?

 

その根底には、価値のない自分やダメな自分を感じたくないという

思いがあるのではないでしょうか?

 

そう。

不安や恐怖が頑張る原動力なのですね。

 

そしてこの頑張り方の場合、ゴールはありません。

例えたくさんの収入を得られるようになっても

有名になったとしても上には上がいるからです。

 

そして「人から好かれるように頑張っている」人はいませんか?

 

・人から好かれるように、相手に合わせる

・人から好かれるように、言いたいことを言わない

・人から好かれるように、思ってもいないことを言う

・人から好かれるように、嫌でも我慢する

・人から好かれるように、頼み事は断らない

 

このようにしている場合、自分の本当に感じている気持ちを

なかったことにしてしまいがちですよね。

 

「人から好かれるように」ということは、

そもそも自分は嫌われるような存在だと思っているのかもしれません。

 

また、人から優しくしてもらうなどすると

「嫌われていないんだ」とほっとしていませんか?

 

人の態度によって自分の心の状態が変わるのですね。

これは人から安心を貰っている状態と言えるかもしれません。

 

そうなると安心するためには、人から好かれる自分を

一生演じ続けなくてはなりません。

これはとても苦しそうですね。

 

そして、「人から好かれるように」頑張った結果は出ていますか?

とりあえず、避けられたりはしないかもしれませんね。

でも、「人から好かれるように」自分を偽っているので、

いつ本当の自分がバレてしまうのかと不安でたまらないと思います。

 

そのようにして自分を偽って得た人との繋がりは、

心から安心できる関係といえるのでしょうか?

きっと、「いいえ」ですよね。

所詮作り物の人間関係だからです。

 

さらに悪いことには、

「人から好かれる自分」を演じているはずなのに、

人から嫌われてしまうという現実があることです。

 

よかったら、自分の立場に置き換えて

考えてみてくださいね。

 

自分の本音を言わない、自分の意見に「はい」しか言わない人と

会話をして楽しいと感じそうですか?

明らかなお世辞を言われて嬉しいですか?

気を使われていると感じると疲れませんか?

 

そして、いつも人に合わせて我慢していると、

その我慢は必ず言動に表れてきます。

我慢しているつもりなのに、

イライラしている雰囲気を出してしまうかもしれません。

 

そしてそれを感じた周囲の人は、

あの人の近くに行くと嫌な気分になるからと

その人を避けるようになるかもしれません。

 

あるいは、我慢に我慢を重ねた結果、

ささいなことで大爆発して

人間関係をすべて壊してしまうかもしれません。

 

あんなに「人から好かれるように」頑張って、やっと築いたものを

全部自分壊してしまうのです。

周囲の人は、人に好かれようと演じているなんて気づきません。

だから突然の大爆発にきっと困惑します。

 

そうなると、突然怒り出す迷惑な人として

距離を置かれてしまうかもしれません。

我慢を重ねた分だけ、どんどん孤独になっていくのですね。

 

また、頼みごとを断らないということは

悪い人に利用される可能性だってあります。

こんなはずじゃなかったのに・・・

ですよね。

 

「人から好かれるように」する時

その人の意識はどこにあるでしょうか?

相手ではなく、「人から好かれるような自分」ではないでしょうか?

 

人との関りが、相手のことをもっと知りたいとか

純粋に好きだからではないのかもしれません。

 

「人から好かれるような自分」でありたい人が

相手を知りたいと思う時、それはもしかしたら

相手を知れば相手に好かれるように自分を演じることができるという

意識されない思いもあるのかもしれません。

 

相手に興味を持つ以前に、不安や恐怖が大きすぎて

自分を守ることで精一杯なのですね。

これでは温かい人間関係を築くのは難しいですよね。

 

「人から好かれるように」する人は、きっと幼少期から

自分の本音を殺してきた人なのだと思います。

お父さんやお母さんに愛されたくて

ずっと頑張ってきた人なのかもしれません。

 

・いい子にしている時だけ見てくれた

・優等生でないと叱られた

・養育者に口答えは許されなかった

・すべて養育者が答えをくれた(過干渉・過保護)

・自分で考えたり行動したらひどい目にあった

・条件付きの愛情だった

 

このような家庭環境ではありませんでしたか?

幼少期にはそうするしかなかったのですよね。

そうしていれば、本当に欲しい安心ではないけれど

仮初の安心が得られました。

 

そうです。

自分を殺していれば、仮初の安心が得られるのは大人の今と同じですね。

 

「人から好かれるように」頑張るのではなく

まずは本当の自分はこんなに不安で怖いんだと

受け入れることが大切だと思います。

 

わずかな安心のために、

そして、時には大爆発して全てを失うリスクがあるのに

これからも自分を殺して「人から好かれるために」頑張り続けますか?

 

それとも、自分の本音を大切にして、

本当の自分を表現して人と繋がっていきますか?

 

人生は選択することができるのです。

生き方を変えたいと思うのなら、

ゆっくり自分と向き合ってみることをお勧めします。