どうして生きるのがこんなに辛いの?

こんにちは。

東京 世田谷の心理セラピスト 満月みつきのりこです。

リトリーブサイコセラピーで生きづらさを解消し

あなた本来の輝きを取り戻すお手伝いをしています。

 

毎日寒いですね。

先日、借りている畑でにんじんを収穫しました。

形はちょっぴり悪いけれど、

農薬を使わずに有機肥料で育てたにんじんは

すっごくいい香りがするんです。

サラダにしたら甘みがあってとってもおいしかったです。

 

 

今日は「生きづらさ」ついて考えてみようと思います。

 

■ 生きづらさはどこからやってくるのか

「どうして私はこうなんだろう?」

「なんでこんなに生きづらいの?」

 

気づけばいつも同じようなことで悩んでる。

 

考え方を変えようと、

ポジティブシンキングをしてみても

すぐ元に戻ってしまう。

「ありがとうございます」とつぶやいてみても

なんだかしっくりこない。

 

ついには、そんな風に考えられない自分は

ダメなんだって思ってしまう。

もうどうすればいいのかわからない・・・。

 

どうしてこんな生きづらさを抱えてしまったのでしょう?

生きづらさは生まれつき?

それとも性格?

 

このような感覚ありませんか?

 

・人に嫌われるのが怖い

・人に否定されるのが怖い

・人に合わせなくてはいけないと思っている

・人に自分の気持ちを伝えられない

・人に甘えることができない

・人に迷惑をかけてはいけないと思っている

・人の役に立たなければと思ってしまう

・人に頼れない

・人に近づきたいけれど傷つけられそうで怖い

・人の期待に応えなくてはいけないと思ってしまう

・人の気持ちを察しなければいけないと思う

・人からの評価が気になる

・人からの頼み事が断れない

・人が信用できない

・人は裏切るものだ

・人といると緊張する

・人の機嫌を損ねないように気を付けている

・人が喜ぶことを探してしまう

・人の様子がいつも気になる

 など。

 

このような感覚があると、生きていくのが大変そうですよね。

 

いつも不安でソワソワ、

いつも怖くてドキドキ、

いつも周りに気を使ってヘトヘト。

 

毎日生きているだけで精一杯、

何もしていないのに慢性的に疲れている。

 

そしてこんな気持ちがとっても強い。

・人に愛されたい

・人に認められたい

 

うん、その気持ちとってもよくわかります。

なぜならこれは以前の私だから。

 

■ 私の子供時代

私の母は仕事をしていたので、

あまり家にはいませんでした。

当時は専業主婦のお母さんが多かったので

いつもお家に帰ると優しいお母さんがいる

友達のお家がとってもうらやましかった記憶があります。

 

「おかあさん、あそんで。」

「おかあさん、きいて。」

「おかあさん、さみしい。」

母の返事はだいたい「忙しいから後で。」か

時には「うるさい!」でした。

 

父は毎晩お酒を飲んでいました。

お酒を飲んで機嫌がよくなると

「今度の休みはどこかに連れて行ってやる。」

と言います。

でもそれが果たされることはほとんどなく

時には「俺はそんなこと言ってない!」と

怒り出すことさえありました。

 

父と母はよく喧嘩をしていました。

深夜まで続く怒鳴り声がとっても怖かったです。

そして子供に対しては暴力で支配をしていました。

 

私は二人の機嫌が悪くならないように

顔色を伺い、

自分の気持ちは言わず、

言われたとおりに従い、

二人が喜ぶことをする。

 

何か怖いことが起こらないか

二人の様子を気にして、

緊張している。

でも本当は近づいて甘えたい。

 

約束は守られないかもしれないと

どこでか諦めている。

もうがっかりしたくない。

 

あれ?

これはどこかで・・・?

 

 

■ 人が中心の人生

試しに、冒頭の文章の「人」を「親」に

変えてみてくださいね。

子供の頃、無意識にこんな風に感じていた気がしませんか?

 

・親に嫌われるのが怖い

・親に否定されるのが怖い

・親に合わせなくてはいけないと思っている

・親に自分の気持ちを伝えられない

・親に甘えることができない

・親に迷惑をかけてはいけないと思っている

・親の役に立たなければと思ってしまう

 

ずっと自分以外の人を気にしている。

ずっと自分の気持ちは置き去りにしたまま・・・。

 

親に愛されるために。

親に認められるために。

 

子供にとって親に愛されない、

自分の存在を認めてもらえないことは

死を意味します。

 

その恐怖を現実にしないために、

子供の頃は「親」を中心に生きるしかなかった。

そして今はそれが他人にすり替わっている。

 

もし嫌われたり否定されたりしてしまったら・・・?

 

嫌だ!!

そんな恐怖を感じたくない。

 

そうすると「他人」を中心に生きるしか

なくなってしまうのです。

一度きりの自分の人生の中心が「人」なんて辛いですよね。

 

いつも疲れているのは

人に嫌われたり否定されたりしないように気をつけて、

そこに生きるエネルギーを使ってしまっているから。

 

そして、嫌われたり否定されるような人間だと

受け入れてしまっているのは

紛れもなく自分自身なのです。

 

 

さて、生きづらさは性格によるものなのでしょうか?

行動遺伝学的には性格の遺伝率は40%程度と

考えられています。

ということは、自分次第で変えていける可能性が

あるということですよね。

 

生きるのが辛いと感じる人は、子供の頃に

自分の気持ちを表現したり、

自分の気持ちを受け止めてもらったり、

満足するまで何かをさせてもらったり、

何かあったら助けてもらえる、

安心してここにいていい、

無条件で自分は愛される存在だ、

自分が自分のままいてもいい、

ただ生きているだけでいい、

このような経験をしないまま

大人になった人ではないでしょうか?

 

「子供の頃は生きていくためにそうするしかなかった、

今までよく頑張ったね。」って

自分を褒めてほしいなと思います。

 

「あなたは、あなたであればいい」

マザー・テレサ*の言葉です。

 

うん、本当にその通りだと思います。

私は、私であればいいし、

あなたは、あなたであればいい。

 

ありのままの自分の気持ちを感じて

表現する。

そして人と繋がる。

 

それが幸せに生きることだと

私は思うのです。

 

自分の気持ちを大切にしたいですよね。

ずっと自分の気持ちを抑えてきたから

自分が何をやりたいのか?

自分がどんな気持ちなのか?

わからない、わかりにくい人もいるかもしれません。

 

小さなことからでもいいと思います。

「今日のランチは何を食べる?」

「お茶は何を飲みたい?」

 

体が発している小さな声に

耳を傾けて寄り添ってあげられるといいなと思います。

「今、私は何を感じているの?」

「うん、悲しいんだね。」

「うん、辛いんだね。」

「うん、怖いんだね。」って。

 

ずっと表現したくてもできなかった感情を表現したり、

ずっと欲しかった人の温かさを感じてみたり、

自分はありのまま存在していいという感覚を

少しづつ体験していって、その感覚が腑に落ちると、

生きづらさもだいぶ薄くなっていくと思いますよ。

 

今、生きるのが辛くて、

これから先どうすればいいのかわからない、

そんな人もいると思います。

それでも人生はその気があればいつでも選べる、

その希望を持つことだけは

絶対にあきらめないでほしいと思うのです。

 

*【マザー・テレサ】

マザー・テレサ(Mother Teresa, 1910年8月26日 – 1997年9月5日)、

あるいはコルカタの聖テレサ (Saint Teresa of Calcutta) は、

カトリック教会の修道女にして修道会

「神の愛の宣教者会」の創立者。

またカトリック教会の聖人である。

 

本名はアルーマニア語で

アグネサ/アンティゴナ・ゴンジャ・ボヤジ

(Agnesa/Antigona Gongea Boiagi)、

アルバニア語でアニェゼ/アグネス・ゴンジャ・ボヤジウ

(Anjezë/Agnès Gonxha Bojaxhiu)。

 

「マザー」は指導的な修道女への敬称であり、

「テレサ」は彼女の敬愛した

リジューのテレーズにちなんだ修道名である。

 

コルカタ(カルカッタ)で始まった

テレサの貧しい人々のための活動は、

後進の修道女たちによって全世界に広められている。

 

生前からその活動は高く評価され、

1973年のテンプルトン賞、

1979年のノーベル平和賞、

1980年のバーラト・ラトナ賞(インドで国民に与えられる最高の賞)、

1983年にエリザベス2世から優秀修道会賞など多くの賞を受けた。

1996年にはアメリカ名誉市民に選ばれている

(アメリカ名誉市民は彼女を入れて、わずか115 人しかいない)。

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』